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2018.10/16(Tue)

Michael Monroeフィンランドの日刊紙で Andy McCoyの言葉しだいですべてを変えることはできたかもしれないと 

Michael Monroe WaterXfest 2016

フィンランドの日刊紙にこんなタイトルのMichael Monroe インタビュー記事がありました。

Hanoi Rocksはなぜ世界的ブレークができなかったのか? ‐ Andy McCoyの言葉しだいですべてを変えることはできたかもしれないとMichael Monroe。」



以下記事の和訳です。

Hanoi Rocksの世界進出は1984年の致命的な事故で終わってしまった。頑固さがMichael Monroeのソロキャリアにブレーキをかけた。それにもかかわらず10歳以下の子供も彼にサインを求めるのはなぜか?
Michaelは少し遅れてきたことを誤った。朝の午前5時25分トゥルク発の電車でヘルシンキに向かい、1日スケジュールがびっしりだった。

数分遅れてきたことは特になんともないが、彼の謝り方はとても誠実で心がこもっている。

Michaelはソロを30年以上もやってきたが、Hanoi Rocksにいたことが一番知られているだろう。2001年‐2009年の再結成前にバンドはたったの6年間一緒だっただけだが、フィンランドのもっとも成功したバンドの一つに挙げられる。

「次の世代が俺たちを迎え入れてくれてることに気づきとても素晴らしいことに思う。それは良い音楽ってものは時代なんて関係ないって証明だと思う。」

MichaelはHanoi Rocksの初期の頃を思い出す。Michael、Sami Yaffa、Andy McCoy、Nasty Suicideは一時期ホームレスも経験しながら夢を実現するためどうやってストックホルムに引っ越したのか。

写真を見せてくれ、笑いながら、トレードマークとなったあのヘアースタイルや、ほかの多くのバンドがコピーしてるグラムロックスタイルがどうやってできたのかは偶然だったと。

Andy の言葉ですべてを変えることはできたかもしれない

ロック界の大物アーティストやバンド名が話のところどころに出てきて、夢中になって話すMichaelの手が動くたびブレスレットの音がする。

1984年交通事故で亡くなったバンドのドラマー Razzleの話になると、言葉が少なくなり真剣な顔つきになる。世界的ブレークはそこでストップした。

「Razzleがなくなり、Sami Yaffが脱退した時決断した。Hanoi Rocksはストップするしかなかった。バンドの価値と最初の思い出を壊したくなかった。」からだとMichael。

「金で俺を恐喝することなんてできない。なぜなら、金にしても何か他のものにしても、俺の権力をそれにゆだねたことはなかったからだ。どっちみち当時そんなに金は手に入らなかったし。何も俺の考えを変えることはできないことは100%わかっていたよ。(笑)」

しばらく間をおいて、、、

「ただし、もしAndyが俺にこういったならすべてを変えることはできてたかもしれない。『おれはお前をリスペクトする。これをやるにはお前が必要だ。』とね。でもそれはなかった。」

じゃもしレコード会社の言いなりになってたら、Hanoi Rocksと自分自身の将来はどうなってたと思う?

「多くの人たちが俺たちが世界的にビッグなバンドにのし上がるだろうって思ってたのは知ってる。自分自身もよくそれを考えてみることもあるが、いつも同じ結論にたどり着く。確かなものは何もない。なので考えてみるだけ無駄なことだ。」

「ただし純粋な気持ちでこれだけは言える。有名になるのに簡単な道を選んだことは1度もないと。バカな奴より悪いのは金持ちのバカ野郎しかいない。」

彼の言葉は口先だけのことじゃない。なぜならその主義を通さなかったらHanoi Rocksのフロントマンはバンド解散のあと世界的大スターになった可能性は充分にあるからだ。

最初のワールドワイドなソロアルバムには、Michaelを”Hanoi Rocksの頭脳”という言葉で宣伝、巨大な投資がされた。

「最初っから自分と元バンドを正しく正直に世に出したかった。おれは自分の主義に誇りを持ってた。だから間違いを正したんだ。」

これに対してレコード会社はプロモーションからすべて手を引いた。

「頑固さは自分にダメージを与えることもある。だからといって自分の価値観を妥協したことはないし、自分の決断を後悔したこともない。」

近年Michaelは2017年までシンガーのオーデション番組「The Voice of Finland」で4シーズンメンターを務め、この番組を通じて全国民になじみとなった。いきなり小さな子供からお年寄りまでに声をかけられるようになった。

「列に混ざった10歳以下の子供にサインを求められたりなんてすごく嬉しい気分になる。彼らにとって俺はTVで観るカラフルでびっくりなメンターなんだ。子供は大好きだ。将来彼らが俺の音楽にも興味を持ってくれる日が来るといいな。」
とMichaelは嬉しそうに語る。

伝統が受け継がれていくのは重要なことだ。アーティストにとってロッケンロールはこの世界で最も重要なことだ。

「妻と猫のあとにね。」
とMichaelは付け加える。

ケイタイがなり、Michaelはスケジュールを確認する。カレンダー手帳がコンパクトに壁掛けカレンダーがわりで、いっぱい印がついている。

この秋のツアーではUKもはいっている。メンバーはSami Yaffa、 Karl Rockfist、Rich JonesにSteve Conteといった顔ぶれだ。

ニューアルバムは春に出る予定だ。もうすでにタイトルも決まっているが、まだ発表はできないと。そのかわりタイトルソングをカフェで流してくれた。

「もし世界中のミュージッシャンの中から自分のバンドのメンバーを選べるなら、おれは今のメンバーを選ぶ。」

と語り、他にも数曲聴かせてくれたそうであります。

そのMichael Monroeのこの秋のツアー10月26日Lahtiを皮切りにスタート!
このフィンランドツアーの告知映像はTVCMになってました。



来年早いうちにニューアルバム発売予定と他のインタビューでも語っていたので、ニューアルバムをひっさげて来日あるといいですね。
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テーマ : 洋楽ロック - ジャンル : 音楽

タグ : フィンランド ロック Rock Michael Monroe マイケル・モンロー ハノイロックス Hanoi Rocks

【編集】 |  17:27 |  Michael Monroe  | TB(0)  | CM(2) | Top↑

Comment

とてもとても興味深く読みました
解散当時の話を聞くことは少ないですから・・
アンディ・マッコイという人はとても面倒な人で、制御が効かなくなると皆、触らぬ神に祟り無し、という感じだったそうですが、
亡くなったラズルだけは、そんな状態のアンディにも構わずちょっかいをかけるような人だったそうです
ラズルを失って空中分解したのは頷けるけれど、若い彼らには夢も葛藤もあって、「自分自身もよくそれを考えてみることもあるが、いつも同じ結論にたどり着く」という彼の言葉に、胸が詰まって涙が出そうになります
でも、今の彼が仲間と家族に恵まれて、幸せでいることがとても嬉しいです
ぐーやま | 2018.10.31(水) 15:10 | URL | コメント編集

●>ぐーやまさん

返信遅くなってごめんなさい。

80年代はイギリスのニューロマンチックにはまってDuran Duranなどに夢中だったため、最初の解散当時のことはそんなに詳しくないのですが、そうだったのですね。

こちらでもよく、ラズルの事故がなかったらハノイは世界的に成功していただろうと言われるし、マイケルもそれを考えてみることが度々あったのでしょうね。

いろいろな経験を得て、今のマイケルは輝いて見えるので、これからも輝きながら元気に活動続けてほしいですね。

Hiro♪ | 2018.11.09(金) 13:01 | URL | コメント編集

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